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ケースストーリー

壊れかけた現場と、再生の物語

企業における人事制度は、組織の根幹をなすものである。
とりわけ、歴史ある企業においては、長年の文化や慣習が人事のあり方に深く根付いており、その刷新は容易ならざる課題である。

しかしながら、変革の必要性を感じつつも、実力主義の導入が現場の理解を得られず、組織の亀裂を深める結果となるケースは少なくない。

ここでは、世代交代という重大な局面に立つ企業が、人事制度改革の挫折を経て、再び組織の信頼と結束を取り戻すまでの苦闘の軌跡を紹介しよう。

経営者の葛藤と決断、そして従業員との対話を通じて、いかにして「人」を軸とした持続可能な制度構築を実現したのか。

本事例は、制度刷新における難しさとその克服の道筋を示し、同様の課題に直面する多くの経営者や人事担当者にとって示唆に富むものである。

静かなる崩壊
――誇りを失った現場

創業から40年。
地元に根差したサービス業γ社は、“家族的な職場”と“丁寧な顧客対応”を武器に成長を続けてきた。

経営を担ってきた創業者の背中を見て、社員たちは信頼と絆の中で働いていた。
年功や社歴が評価の軸となり、ベテランが若手にじっくり技術と心構えを教えていく。
その“徒弟文化”は、時間はかかるが、組織に温かな一体感をもたらしていた。

 

だが、時代は変わった。

 

「評価が不透明」「がんばっても報われない」
 

若手の離職が相次ぎ、採用市場でも“古くさい会社”と見なされ始めていた。
それでも社内には、“このままではまずい”という危機感と、“今のままがいい”という安定志向が混在していた。

 

そして――転機が訪れる。

創業者の引退。二代目社長の就任。
 

「変えなければ、この会社は沈む」


新社長はそう信じて、制度改革に踏み出した。

理想が生んだ混乱
――制度が組織を壊していく

新社長が掲げたのは、「実力が正しく報われる会社」への転換だった。

年齢でも社歴でもない。
成果と貢献に基づく評価制度。
市場の常識に沿った、現代的な“実力主義”。

 

しかし、その制度は――現場に“異物”として受け止められた。

 

「数字だけで評価?」

「後輩が先輩を追い抜くのか?」
 

ベテラン社員たちの怒りと困惑は、やがて職場全体に広がっていく。
誰かに教えることが損になる。チームの空気がピリつく。
“個”が“成果”を競い合い、かつての温かな風土は急速に失われていった。

 

若手も戸惑った。
「せっかく制度ができたのに、職場はギスギスしたまま」
期待していた変化が、“信頼の崩壊”を生んでいる。

 

社長も、焦りながら気づきはじめていた。

 

「制度は正しかったはずだ。けれど、誰も動かない。むしろ、会社が壊れていく――」

 

制度が止まり、組織が止まった。

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希望の糸口
――“対話”が制度を動かす

追い込まれた社長が最後に選んだのは、自力でなんとかすることをやめることだった。


彼が支援を求めたのは、「組織行動研究所」。
企業の制度と文化の“つなぎ直し”を専門とする、組織人事のプロフェッショナル。

派遣されたのは、現場感覚に精通したエグゼクティブコンサルタント。
 

彼が最初に着手したのは、“制度の見直し”ではなく、“現場の声を聴く”ことだった。

ベテラン社員に、若手に、マネージャーに。
丁寧なヒアリングを重ね、職場に息づいていた“語られてこなかった価値観”を掘り起こしていく。

「制度と風土は、切り離せない」
「納得していない人に、制度は動かせない」

 

やがて始まったのは、「共創プロジェクト」。
社員たちが当事者として制度づくりに加わる、対話の場だった。

 

「成果だけでなく『育成』や『協働』を評価に組み込もう」

評価基準をあいまいにせず、『言葉で語れるように』定義しよう」

「経営者自身が、“なぜ変えたかったのか”を真正面から語ろう」

押しつけではなく、自分たちの制度を“つくりなおす”プロセスが始まった。

再生
――人が動けば、制度は生きる

制度の再構築から1年。
γ社の職場には、かつて失われかけていた“温かな空気”が戻ってきた。

「ちゃんと見てもらえている」
そう感じる社員が増えた。


「育てることが評価される」
そう実感するベテランが、再び若手を育て始めた。


「この会社で働く意味がわかった」
そう語る新卒が、笑顔で入社してきた。

制度が会社を変えたのではない。
人が、変化を受け入れ、自分ごととして動いたからこそ――制度が“生きたもの”になったのだ。

 

その姿を見つめながら、社長はふと、静かにこう呟いた。

「制度を変えれば、会社は変わる。
そう信じていた。でもそれは半分だけ正しかった。
本当に必要だったのは、“人と人の信頼”をもう一度つなぎ直すこと。
制度はそのための道具にすぎなかったんです」

 

変革とは、誰かが主導するものではなく、一人ひとりの納得と共感から始まるもの。
そのことに気づいたとき、組織ははじめて、過去と未来を結びなおせる。

 

そして今、γ社はまた一歩、歩みを進めている。
“人”が育ち、“人”がつながり、“人”を通じて、会社が生まれ変わっていく。

――それこそが、本当の「人事制度改革」なのだ。

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